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バプテスマ

寒い日が続いている今日この頃である。大人にとっては幸いなことに、子供にとっては残念なことに、積もり積もるほどの雪はまだ降っていない。多大なる期待を込めて、去年のような大雪にはならないだろう、と私は予想している。巷では寒いと布団から出るのが辛い、と言う人が多いようだが、私はそう感じたことがあまりない。それより何が辛いかと言えば、風呂に入ることである。もとより風呂が好きな人間ではないので、この時期冷え切った風呂場に入る行為は苦役に近いものがある。もっとも衛生面を考慮して、ちゃんと風呂には入っているが。そこでふと思い出したのが、アメリカにいた頃、寒い時期に屋外のプールで行われた洗礼式に立ち会った時のことである。真冬ではなかったにしても、枯れ葉が落ちるような時期に、水にドボンとやられるのは、荒行に近いものが感じられてしまう。洗礼を与える方にしても、受ける方にしてもだ。ちなみに私が洗礼を受けたのは夏休みのことだった。それも屋内でぬるま湯の張られたところである。あぁ、だから私の信仰はぬるま湯のような信仰になってしまったのだろうか……。

さて洗礼(バプテスマ)とは、そもそも何であろうか。もちろん実際に洗礼を受けたことがある信仰者、もしくはこれから受けようと考えている信仰者であれば、それが何を意味しているのか分かっているだろうし、仮に信仰は持っていないとしても、この分野に関する知識のある人であれば知っているかもしれない。ちなみに私が理解している洗礼の意味とは、まず水に突っ込まれるところが、キリストと共に死ぬことを意味し、その後水の中に沈むところが、キリストと共に葬られることを意味し、最後に水の中から引き上げられるところが、キリストと共によみがえることを意味している、というものである。
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