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求めるべき正義

「こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、彼は同胞のところへ出て行き、その苦役を見た。そのとき、自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。あたりを見回し、ほかにだれもいないのを見届けると、彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。」(出エジプト記2章11~12節)エジプト王の娘の子として育てられたモーセは、エジプト王家の者であると同時にへブル人でもあるという自らの立場を理解していた。おそらくモーセの母である王女が彼に、彼の出自について教えたのかもしれないし、彼の実母でありながら身分を隠して乳母として彼を育てた母親が、彼に真実を告げていたのかもしれない。そこまで詳しいことは、聖書には書かれていないから私の想像の域を出ないが、もしかしたらエジプトの王女とレビ人の女性の間には、言葉にこそ表すことはなかったかもしれないが、彼女たちの息子であるモーセに自らがへブル人であることを忘れないようにとの思いがあったのかもしれない。

そのようなわけで、へブル人としてのモーセは同胞である他のへブル人が集まっているところへ出掛けた。ところが、その頃へブル人はエジプト王、つまりはモーセにとっては祖父に当たる人物の命令によって、厳しい労働を課せられていたのだった。すると、そこにいたエジプト人が労働者の一人に暴力を振るっているのを目撃した。モーセはその様子を見て、へブル人としての血が騒いだのか、怒りを覚えたに違いない。へブル人を助けたいという思いと、へブル人を虐げたエジプト人に復讐をしてやろうという思いとで、彼はそのエジプト人を殺してしまった。「つい感情的になって殺してしまった」というわけでもなかったようである。誰にも見られていないことを確認してからのことなので、計画性がなかったとも言い切れない状況であるし、ましてや、後から死体を隠しているのだから、今の時代であれば、過失致死か殺人かの違いであろう。当然、後者の方が刑罰は重くなる。

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マスクする?

毎日マスクをするようにと、先日妻が私と娘たちに言った。ここ最近は、私の方が娘たちよりも早い時間に仕事に出てしまうので、彼女たちがどうしているのかは分からないが、私は妻の言いつけを守って、マスクを着けて出掛けていた、言われてから二日間だけだったけど。もっともその二日間もマスクをしていたのは電車の中だけだったわけで、常に着用していたわけではない。どうも、好きになれないのである。あの独特の匂いとか、隙間から漏れた息で眼鏡が曇るのとか、新鮮な空気を吸っていないような気分とか、電車のガラスに映るマスク姿の自分に違和感を覚えるとか、理由は色々である。感染症の予防のためだからとは言うけれど、マスクをして生活をするくらいだったら、いっそのことインフルエンザでもなんでも感染しても構わないや、と思ったりする。もっとも自分が風邪をひいてしまった場合には、マスクをするように心掛けている。さすがに、周りに病原菌をまき散らしても構わない、と思うほどには自分勝手ではない。

もっとも一般的に売られているマスクの本来の目的は唾液や鼻水などの飛散を防止するためで、外部からの感染を予防するためのものではないとも言われている。そう考えると、話題の新型肺炎も、毎年猛威をふるっているインフルエンザも、我々がどれほど必死になって予防に努めたところで、多少なりとも感染のリスクを下げることはできるだろうが、やはり完全なものではない。残念ながら、なるときはなってしまうのだ。あまり過敏になってもかえってそれがストレスになってしまっては本末転倒なので、ここは適度に緩く構えた方がよいのかもしれない。もっとも私は医者でも何でもないので、自分が思うところを言っているに過ぎないが。

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富を蓄える

最近、レンタルビデオのTSUTAYAの店舗が減っているような気がする。歩いて行けるところにあった近所の店舗は数年前に閉店して、跡地は業務スーパーになってしまったし、ちょっと車で行くことができた店舗も、昨年閉店してしまった。職場の近くのレンタルだけでなく、古本や中古DVDやCDを扱っていた店舗も、今は書店だけになってしまった。これも時代の流れなのだろうか。今では映画も音楽も、わざわざ実店舗まで借りに行かなくても、インターネットで全て手に入れることができるのだから、便利になったのも確かである。かく言う私も、最近家で映画や海外のドラマを見るときは、ケーブルテレビ以上にアマゾンを利用している。そんなわけでレンタルビデオ業界は斜陽産業なのではないかと、そのような先入観を持ってしまいがちである。TSUTAYAはあまり儲かってないのではと、余計な心配をしてしまう。


ところで先日、都心の仕事現場に行った際、昼食を食べようと外に出たとき、近くのTSUTAYA(正確には、この店舗は漢字で「蔦屋」と表記されていた)の駐車場を横切ったのだが、そこで私が目にしたのは、ただのレンタルビデオ屋の駐車場ではなかった。想像をはるかに超えた光景であった。フェラーリ、マセラティ、ロールスロイス、ベントレー、アストンマーティン等々、家が建ちそうな値段の高級車がとめられている。メルセデス、BMW、アウディ等もとまっていたが、それすらが霞んでしまいそうな感じである。どうやら、この蔦屋は売り上げに困ることもなさそうである。そういえば、この蔦屋がある街は私が知っている他の街とは何かが違う。マイバッハとか、横浜でも滅多にお目にかかれない車が走ってる。それよりもっとすごいのは、私の見間違いではなければ、日本限定8台のシボレーのコルベットが、なぜか古びたリサイクル着物の店の駐車場にとまってるんだから。

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神によって造られた

新しい一年の始まりである。今年はどんな一年になるだろうか、とぼんやりと考えるよりも、今年はどんな一年にしていこうかとか、今年はどんな一年にしたいのだろうか、と前向きに、積極的に考える方が生産性が上がって良いのかもしれないと、そう思っている今日この頃である。

一年の計は元旦にあり、と考えるときに、ここ十年、いやもしかしたら二十年くらいになるかもしれないが、真っ先に思いつくのは、今年こそは体重を落とすとか、痩せるとか、そういうことが多いような。毎年毎年飽きもせずに同じことを思いつのかと、自分の発想の貧弱さを恨めしく思うこともあるのだが、よくよく考えてみれば年末から年始にかけて、クリスマスの時期とも重なっていることもあり、家の中に食べ物が豊富にあってためらうことなく食べてしまうから、自然と体重が増してしまうのである。なお、このひと月の間にどれだけ重量を増してしまったのかと気になって体重計に乗ってみたら、2キロ近くも増えていることが発覚。これが現実だから、真っ先に頭に浮かぶのが「痩せなきゃ」というのも納得できよう。「天高く馬肥ゆる秋」と言うけれども、私の場合は一番肥えるのは冬のこの時期なのである。体に脂肪をつけて寒さをしのぐとか、そんな言い訳も通じないだろう。むしろ、その余った脂肪を燃焼させて、体を暖めるくらいの運動をする方が色々と効果的な気がする。

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賢明な人の探し物

こないだスクラッチを買ってみた。久しぶりに、である。日頃から買っているわけではない、念のために言っておくが。1枚だと当たらないかもしれないと思ったから、複数枚買うことにした。5枚買えばひとつくらい当たるかもしれないと考えるわけだが、購入価格が千円になってしまう。さすがにちょっと勿体ない。そこで、しばし考える。1枚よりは当たる確率も高くしたいし、5枚よりは安く済ませたい、というわけで落としどころとして4枚買うことに決定。ひとまず一晩寝かせておく。翌日、小銭入れから選ばれし幸運の百円玉を取り出し、削ってみた。当たらねぇ!だが、そんなことで落ち込む私ではない。きっと次がある。ここでを運を使わなかったのは、より大きな幸運が待っているからさ。そう信じて、自分を励ました。

それから数日。会社の忘年会が開催され、恒例のビンゴが行われた。商品は、iPadの第7世代、NintendoのSwitchにSwitch Lite、米沢牛……その他、色々。そうそう、これこれ。これのためにスクラッチで運を使わなかったのさ。番号が次々と読み上げられる。が、一向に穴が増えない。とうとうリーチにもならないまま、終わっちまったじゃないか!サランラップすら当たらない!まぁ、それでもよい。あくまでもポジティブ考えよう。きっとiPadやSwitchよりも、もっと良いものが待っているに違いない。そして、それからちょうど一週間。タリーズコーヒーの缶についていたシールが集まったので、タリーズカード千円分に応募してみた。ちょっとした運試し。千円分のカードが4万名に当たる!これくらいなら行けるかも……と淡い期待をしたのだが、やっぱダメだ!4万人の一人にすら選ばれないよ!

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