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アカンの後悔

遠い昔、アカンと言う男がいた。などと言ってしまうと「そないな冗談、言うてはアカンで」と怒られてし まいそうであるが、冗談などではなく、実は本当なのである。聖書にもこのようにしっかりと書いてある。「ユダ部族のゼラフの子ザブディの子であるカルミの子アカンが、聖絶のもののいくらかを取った。」(ヨシュア記7章1節)

しかしながら「聖絶のもののいくらかを取った」と言うのは、ここだけを読んでしまうと意味がよく分から ないかもしれない。ということなので、もう少しさかのぼって見てみよう。直前のヨシュア記6章では、ヨシュアをリーダーとするイスラエルの民がエリコの町を陥落させたことが記録されているが、その町を滅ぼすときにヨシュアはイスラエルの民にこのように命じた。「この町と町の中のすべてのものを、主のために聖絶しなさい。……ただ、あなたがたは、聖絶のものに手を出すな。」(同6章17~18節)最低でもこれくらいを読めば、何となくアカンが何をしたのかが分かるであろう。つまりヨシュアから手を出してはならないと命じたものに手を出してしまったと見当を付けることができる。「聖絶のもの」が何であるかを知らなくとも、アカンがリーダーの命令に背くという過ちを犯したということくらいは分かる。
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