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12人

ふと、時計を見たときに、12時34分とか11時11分などように覚えやすい数字の並びだったりすると、何やら得した気分になってしまうのは、果たして私だけだろうか。何か良いことが起きそうな気になってしまうのだから、単純というか、安上がりなもんである。諸説あるようだが、人間というのは、時計などを見たときに、数字の並び方に特徴があると記憶に残り易いということらしい。だから、たまたま12時34分に時計を見たからというのではなく、実際にはその前の12時19分に時計を見ていたにもかかわらず、これといって特徴のない数字の並びなので印象に残っていないだけなのかもしれない。それにしても、人というのは、数に対して意味を持たせるのが好きなものらしい。数の並びを当てれば、一攫千金を狙うこともできるかと思えば、不吉なことを連想させる数を避けるとか、良くも悪くも、人は数というものに左右されてしまうのだから、おもしろいものだ。

ところで聖書にもいろいろな数が登場する。例えば「12」という数字。ヤコブの息子たちは12人。そして、そこから発展することになったイスラエルの12部族。またイエス・キリストの使徒は12人いた。さらには、聖書の最後の書であるヨハネの黙示録にはこのような記述もある。「都には大きな高い城壁と十二の門があって、それらの門には十二人の御使いがおり、イスラエルの子らの十二部族の名が書いてあった。……また、都の城壁には十二の土台石があり、それには、小羊の十二使徒の十二の名が書いてあった。」(ヨハネの黙示録21章12、14節)何やら「12」という数字が意味を持っているように思えてくる。さらに身の回りを見ると、カレンダーには1月から12月まであり、時計の文字盤には1時から12時まで刻まれている。こうなると、数字に特別な意味があるのではと考えてしまいたくなるが、カレンダーや時計がイスラエルの12部族などと関係があるとも思えない。もしかしたら、想像力が豊かな人にとっては、そうでもないかもしれないが。
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