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神を煩わす

口内炎ができた。それも、ひとつではない。三つ。とても、痛い。私の好物のトマトの汁が、とてもしみる。そもそものきっかけは、ある日食事をしている時に、不覚にもくちびるを噛んでしまったことだ。すると、その傷が原因で口内炎ができてしまう。これで懲りて、しばらくの間、おとなしくゆっくりと食事をするように心掛ければ良いのだろうが、食い意地の張った私のことだから、少しくらいの痛みなら我慢して、大食い早食いをしてしまったのが悪かったらしい。ちょうど腫れている口内炎のところを、またもや噛んでしまったのだ。これで、隣り合って口内炎が二つである。二度あることは三度ある、と言うから、さすがに慎重に食事をしていたのだが、それでもちょっと気を抜いてしまったのか、はたまた二倍に腫れているから余計に出っ張っていたのか、またもや噛んでしまった。これで、三つ目。さすがにここまでくると、食い意地よりも痛みが勝ってしまい、何かを口にしたいという思いも失せてしまった。

さて、信仰者であれば信仰者らしく、口内炎の癒やしでも祈るべきなのだろうが、まぁ、そこまで神を煩わせるのも申し訳ない。いや、そこまで大げさに考えずとも、この程度のことはこれまで幾度もあったし、放っておいても時間が経てば治るものなので、あえて何かしようとも思わない。ドラッグストアに行ってビタミン剤を買うか、塗布薬を買うかすれば、少しは回復が早くなるかもしれないし、痛みが治まるかもしれない。だが、貧乏性なので、そうすることもなくただひたすらに我慢するのみである。元を辿れば、私の不注意と食い意地が原因なので、反省の念をもって、耐えるしかない。
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安息日

安息日……なんと甘美な響きであろうか。月曜から金曜まで混んだ電車に揺られて仕事に行って、何も問題が起きていないかと心配しながら過ごして、すっかり疲れ切った心と体を「安息」させることができる貴重な日ではないか。なんと貴重な一日であろうか。そんな日は、誰からも邪魔されずに心ゆくまで眠り、目が覚めたら覚めたで、好きな本を読むなり、映画を見るなりして気分転換をして、うまいものを飲み食いして、誰に気兼ねするでもなく一日過ごす。それが安息日というもので……というのは、ちょっと違うらしい。安息日の起源については、聖書にこのように書いてある。「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。」(出エジプト記20章8~10節)いや、あながち間違っていないではないか。六日間(正確には週休二日制なので五日間だけだが)仕事をして、七日目は仕事をしてはいけない、聖書にもそう書いてあるではないか。

しかし、働いてはいけないイコールだらけて過ごしても構わない、というわけではなさそうだ。続く箇所にはこのように書かれている。「それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。」(同11節)これらの箇所で、安息日は聖なるものであると、二度も書かれている。つまり、信仰者の立場から言えば、安息日とは神の目的のために、他の日とは特別に分けられた日ということになる。多くの教会が日曜日に礼拝を行っている理由がここにある。
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