神は連れて行く

「モーセとイスラエル人は、主に向かって、この歌を歌った。」(出エジプト記15章1節)彼らのすぐ後ろでエジプト王が誇る精鋭部隊が海に飲み込まれたちょうど後だった。彼らはようやくエジプトの手が届かぬところにやってきたのである。約束の地はまだ先であったが、彼らを追う者たちはいなくなったのである。後は目的地を目指して進むだけだった。おそらく彼らは、いまだかつて味わったことのない安心感と解放感とに満たされていたに違いない。そのような彼らであったから、自然と神に向かって歌を歌ったのであろう。信仰を持つに至ってから来年で30年になろうかという私であるが、そのような気持ちになったことがないのは、もしかして私がモーセやイスラエルの民が味わったような喜びを経験したことがないからだろうか。

思えば若かったあの頃、イエス・キリストを救い主として受け入れて、それが罪からの解放であり、また同時に天の御国に行けるという確約、すなわち永遠のいのち、という安心を得られたことでもあり、考えてみるとそれは、イスラエルの民が体験したことと同じだったのかもしれない。そのように今になって思うのだが、あの日の自分にはそのような感動はまるでなかった。もっとも父祖の代から四百年以上も捕われの身であったと彼らのことを思えば、神のことなど何も考えずに19年しか生きてこなかった私が、いきなり方向転換をしたというのだから、イスラエルの民のような喜びを感じなかったとしても、それはそれで仕方のないことかもしれない。

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追跡(後)

(前編はこちらからどうぞ。)

「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」(出エジプト記14章13~14節)間近に迫るエジプトの軍勢を見て、恐れおののいていたイスラエルの民に向かって、モーセはこう言った。恐れてはいけない、そうは言われても、エジプトの軍勢が戦車に乗って迫っているのである。無理なことを言うなと思ったかもしれないし、もしかしたらそんなことを考える余裕すらなかったかもしれない。眼の前は海、背後にはエジプトの軍勢、戻るに戻れず、進むに進めず、逃げ道はどこにも残されていなかったのだから。

彼らはモーセの言うことを信じるしかなかった。すなわち、神がイスラエルの民のためにエジプトの軍勢と戦われるということを。そして、今日を最後に彼らを抑圧するエジプトの民を見ることはないということを。イスラエルの民は追う者から逃げる必要もなく、また彼ら自身で立ち向かう必要もないということである。彼らがするべきことは、ただ黙って立って、神がこれからなさろうとするわざを見るだけであった。簡単なことではないか、と言いたくなるが、それは冷静に物事を見ることができる立場にあるから言えることだろう。危機が迫った状況では、それこそじっとしていることなどできないだろう。ここでモーセが民に言っていることは、簡単そうで実はそうでもなかったのかもしれない。

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追跡(前)

「イスラエル人に、引き返すように言え。そしてミグドルと海の間にあるピ・ハヒロテに面したバアル・ツェフォンの手前で宿営せよ。あなたがたは、それに向かって海辺に宿営しなければならない。パロはイスラエル人について、『彼らはあの地で迷っている。荒野は彼らを閉じ込めてしまった。』と言うであろう。」(出エジプト記14章2~3節)神はモーセにこのように言った。このように言われて、果たしてモーセはどのように思ったのだろうか。聖書には何も記されていないので、私の勝手な想像になってしまうが、もしかしたら、こう考えたかもしれない。「なぜ、今さら引き返さないとならないのか。それよりも今すぐ、急いで行かなければいけないのでは。もしかしたら、パロの追手がすぐそこまで迫っているかもしれないのに。」そもそもエジプトを出発する時の様子は、このように書かれている。「彼らは、エジプトを追い出され、ぐずぐずしてはおられず、また食料の準備もできなかったからである。」(同12章39節)のんびりと旅する余裕はなかったであろう。

彼らは旅を続けて、エジプトから遠く離れた、神が約束された乳と蜜が流れているという約束の地を目指していた。それなのになぜ、ここで引き返さないといけないのか。モーセにはその理由が分からなかったかもしれない。しかしたとえ理由は分からなかったとしても、神がそうするようにと命じるのであれば、モーセもイスラエルの民も、それに従う他にはなかったであろう。なんと言っても、彼らが今いるのは荒野であった。エジプトでの奴隷としての生活からは開放されたが、自由の身になれたとは言っても、快適はおろか安心安全とすら言えない状況であったろう。神の導きと支えなしでは、どうすることもできなかったに違いない。

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エジプトを後にする

「七日間、あなたは種を入れないパンを食べなければならない。七日目は主への祭りである。種を入れないパンを七日間、食べなければならない。あなたのところに種を入れたパンがあってはならない。あなたの領土のどこにおいても、あなたのところにパン種があってはならない。」(出エジプト記13章6~7節)エジプトから解放されたばかりのイスラエルの民に、モーセはこのように教えた。またこのようにも言っている。「すべて最初に生まれる者を、主のものとしてささげなさい。あなたの家畜から生まれる初子もみな、雄は主のものである。ただし、ろばの初子はみな、羊で贖わなければならない。もし贖わないなら、その首を折らなければならない。あなたの子どもたちのうち、男の初子はみな、贖わなければならない。」(同12~13節)エジプトを出てからまだそれほど経っていなかっただろう。もしかしたらエジプト王の軍勢が彼らを追ってきているかもしれない(実際、その通りなのだが)、そのような非常の時であったかもしれないが、これだけはどうしても伝えておく必要があると感じていたのかもしれない。そもそもこれはモーセが思いついたことではなく、神がモーセに教えたことだったと考えることができよう。

まず最初に、神はモーセにこのように言っている。「イスラエル人の間で、最初に生まれる初子はすべて、人であれ家畜であれ、わたしのために聖別せよ。それはわたしのものである。」(同2節)このような神からのことばを受けて、モーセは民に教えはじめた。

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出て行け

「真夜中になって、主はエジプトの地のすべての初子を、王座に着くパロの初子から、地下牢にいる捕虜の初子に至るまで、また、すべての家畜の初子をも打たれた。それで、その夜、パロやその家臣および全エジプトが起き上がった。そして、エジプトには激しい泣き叫びが起こった。それは死人のない家がなかったからである。」(出エジプト記12章29~30節)エジプトの人々にとって不幸なことに、神が言われた通りのことがおきた。エジプトのすべての家で、王座に座るパロの子供であろうが、地下牢に囚われていた囚人の子供であろうが、貴賤を問わずにすべての家で死者が出たのである。そにしても「死人のない家がなかった」とは被害を大げさに言っているのではないか、と思えてしまう。そのようなことは実際には起きていなかったのでは、と聖書に書かれていることを疑っているわけではない。ただ私の理解を超えているというか、想像することさえできない。

現在の日本では、50歳の男性の4~5人に1人、女性では6~7人に1人が未婚だというし、子供のいない夫婦は20組に1組ほどあるそうだ。さらに全世帯の8割以上は核家族の世帯であることを考えると、子供のいない家というのがさほど珍しいものではないというのが、私たちにとっての日常なのである。そのような先入観を脇に置いて、当時のエジプトの時代的な背景を考えると、すべての家に初子がいたというのもあり得ることかもしれないと思えてくる。そこで改めて当時の様子を想像してみる。つまり神がエジプトにこの災いをもたらした翌朝、道を歩いてればエジプト人の住むすべての家から泣き叫ぶ声が聞こえてくるのである。街中が悲しみの泣き声で満たされるという、なんとも凄惨な状況であったに違いない。正直、私だったらその場にはいたくはない。

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